分かり合えぬ者たち
ら、ランジェさん!? どうしたのその怪我!
テトさん……ちょっと待っててね……今余裕がなくて……。
血が……長老様呼んでくる!
・ ・ ・
びっくりさせてごめんなさいね、テトさん。
ランジェさん……無事でよかった……。
とっさに長老様を呼んでくれて助かったわ。もう傷はふさがったから、大丈夫よ。
誰がランジェさんにこんなことしたの!? たしか、遠くの街に買い出しに行ったんだよね?
テトさん、そんなに気を揉まないで。今回は私がミスをしてしまったの。ただそれだけよ。
どういうこと……?
馬の前に飛び出してしまった子供がいてね。その子、放っておいたら助からないと思って、人前で癒しの魔法を使ってしまったの。
そこをたまたま、異端審問官に見られてしまって……なんとか私のことを見失ってくれたけれど、さすがに無傷で逃げ切るのは無理だったみたい。
異端、審問官……ほんとは黒魔女をやっつけてくれるはずの人……。
彼らを恨んじゃだめよ、テトさん。彼らはただ勘違いしているだけなんだから。
でも、おかしいよ。黒魔女は悪魔と契約した悪い人だけど、ランジェさんみたいな白魔女は、何も悪いことしてないよ。今日だって子供を助けてあげたのに。
異端審問官の善悪についての議論は、とてもデリケートなものなのよ、テトさん。なにせ、彼らの存在そのものが、南のアイオニオ王国の問題と密接に関わっているもの。
国と関係があると、なんでデリケートなの?
国という大きな意思の前に、個人というのは時に無力になってしまう。今のアイオニオは、アルクス教の教えを基盤として治められているのは知っている?
うん。4人の神様を信じる宗教だよね。
そうよ。私たちが信じている神様と同じ。彼らと私たちは、根本的なところでは同じなのだけれど……最近の黒魔女討伐激化の影響で、それが変わりつつあるの。
黒魔女がやっつけられてるのに?
テトさん、組織の中には派閥というものがあるの。簡単に言えば、同じ考えを持った人の集まりね。
たとえばこの集落にも、白魔女がもっと外の世界へ飛び立っていくべきだと思っている人もいるし、反対にもっと隠れて暮らすべきだと考えている人もいるわよね。
つまり、異端審問官にも、そのハバツっていうのがあるんだ。
その通り。アルクス教には『魔女を根絶やしにするべきだ』と考える過激派と、『白魔女との戦いは無益だ』と考える穏健派に分かれているの。
過激派に属する偉い人たちは、私たち白魔女のことを『黒魔女と同じ魔法を使える危険な存在』として同じく排除しようとしている。
そして、過激派の力は、黒魔女討伐への貢献でここ最近大きく伸びているの。
過激派の方が穏健派より強くなっちゃったんだ……。
そうね。そしてついに、過激派の一番偉い人が、教皇の位を持ってしまった。
教皇の意思は国の意思。国の意思とあらば、異端審問官たちは私たち白魔女のことも討伐しないといけないの。
だから、すべての異端審問官が、私たちを憎んで狩ろうとしているわけではないのよ。
憎んでない人もいるなら、仲よくできればいいのにね……そうしたら、わたしたちも隠れてこそこそ旅をしないで大丈夫なのに……。
今の世の中では難しいでしょうね。でも、いつかきっとそんな時代が来てほしいと、私も願っているわ。