弱虫な神童:ラドミヤの驚き
ズビッ……ズビッ……ランジェさん、次のお話して……。
泣き疲れてしまったでしょう、今日はここまでにしてもいいのよ?
やだ! あと二人のお話も聞くもん!
わ、わかったわ。次は、『神童』ラドミヤのお話にしましょうか。彼女はテトさんと同じ、緑の魔女よ。
おそろい!
テトさんのこういうところ、ちょっとだけ羨ましいわね……。
ラドミヤさんはどんなマギサだったの?
たったの十二歳で、熟達した魔女を唸らせるほどの魔法の達人だったと言われているわ。
えぇっ!? 私と同じくらいの歳だよ!? 基礎魔法も、儀式魔法も、全部できちゃうの!?
基礎魔法の概念が生まれるより前の話だからなんとも言えないけれど、影操りの魔法で一度に十人の盗賊を縛り上げたとか、箒に乗れば馬の三倍の速さで飛べた……なんて噂もあるわね。
まあ、あくまで噂だから、本当のところはどうだったか……。
テトさんっ!
ハッ! びっくりしすぎて頭が固まっちゃったよ……。
同じ緑の魔女でも、テトさんとラドミヤは全然違いそうね。
そうなの?
彼女は魔法の才に恵まれたけれど、その分、強すぎる驚きの感情に翻弄されて苦しんでいたのよ。
びっくりすることがあると、私は毎日楽しいけどなぁ
そこがテトさんとラドミヤの違いね。彼女にとっての驚きは、未知の事柄への恐怖に繋がった。
極端に人との関わりを嫌い、ほとんど誰とも口を利かず、一日中工房から出てこないこともあった。だから彼女は『神童』だけでなく『弱虫の』ラドミヤとも呼ばれていたの。
えぇ~……かっこ悪いし、かわいそうだよ!
大丈夫、もう彼女を弱虫なんて呼ぶ人はいないわ。代わりに、彼女にはこう呼ばれているの。
わくわく……!
『霧払う風』ラドミヤ、ってね。
かっこいい~~~~!!
ラドミヤが使った最期の魔法は、その名の通り、霧を払う風の魔法だったのよ。
それだけ聞くと、普通の儀式魔法みたいだけど……。
彼女が払ったのは、エルゴが生み出したおぞましい邪毒の霧。儀式魔法で同じことをするには、長い時間と複雑な手順が必要で、とても間に合わなかったでしょうね。
エルゴの毒霧!? 絶対危ないよ!
その通り。実際、毒の霧に包まれた街は壊滅寸前だったの。けれど、頼みの綱だったラドミヤは、街中を探しても見つからなかった。
逃げちゃったの?
半分正しくて、半分間違っているわね。彼女は街の人から逃げて、一人で最期の魔法を使おうとしたの。捨て身の魔法を使うのを、誰にも止められたくなかったから。
そっか……街の人は、ラドミヤさんに優しくしてくれたんだね。
ええ。人との関わりを嫌ったラドミヤを、街の人は一度も責めたりしなかった。彼女を街の一員として温かく迎え入れ、たまに外に出てきた彼女に何かと世話を焼いていたそうよ。
そんなイリスたちがいたからこそ、彼女は最期まで『人を嫌う』ことだけはなかったと言われているわ。
自分を疎んじなかった優しい人々を、どうしても、守ってあげたかったんでしょうね。
ラドミヤさん……!
恐怖で竦むラドミヤの体は、災いを吹き払う力強い風になり、エルゴの脅威から街を守り抜いた。
ラドミヤに身を呈して救われたのを悟った街の人々は、風になった彼女が怯えないように、家の中で隠れて泣いたと言われているわ。
街の人と、ラドミヤさんの優しさは、どんなときもちゃんと通じ合っていたんだね。
そうね。ラドミヤのお話は、イリスとマギサが手を取り合って生きていけるという、希望の物語だと思うの。
信じてくれた人たちに応えたい。私たちマギサの原動力は、今も昔も変わらないはずよ。
三倍
三倍