青の聖女:ユフィラの悲しみ
まずは、ユフィラ……青の聖女様のお話をしましょうか。
あれ、そのセイジョサマって、どこかで聞いたことがあるような……。
もしかしたら、このお話はテトさんも誰かから聞いたことがあるかもしれないわね。実は、ユフィラの伝説は、とある街ではイリスさんたちにも語り継がれているのよ。
ユフィラは、四人の中で一番昔の時代に生きた魔女だったの。黒魔女が現れるよりも前の生まれだから、彼女は迫害を恐れることなく旅をしていたのでしょうね。
彼女が最後に訪れたのは、この集落からずっと南にある、コレドという街よ。
お~っきな湖の近くにある、人がいっぱい住んでる街だよね。
そうね。でも、ユフィラの時代には、その湖……エルナモ湖はほとんど枯れかかっていたのよ。
ええ~!? でも、それじゃみんな喉がカラカラになっちゃうよ。
今でこそコレドは湖の水運に支えられて栄えているけれど、もともとはニル=クルゲドの荒れ地の隅にぽつんと佇む小さな都市だったそうよ。
ユフィラが街を訪れたのは、ちょうど雨が全く降らない干天の時期。テトさんの言ったとおり、街の人々は水不足でたいそう苦しんでいたでしょうね。
ユフィラ様はどうしたの?
儀式魔法で雨を降らせたり、工房魔法で井戸から水が湧くようにしたり、彼女はあれこれ手を尽くしたわ。
けれど、状況は良くならなかった。きつい日照りが水をすぐに干上がらせてしまうから、安定した量の水を長く溜めておけなかったの。
そんなぁ……。
ユフィラは、苦しむ民に、己の無力に、無慈悲な自然に、コレドの未来に……あらゆる物事に思いを馳せて、悲しみに暮れた。
嘆いて嘆いて、それでもコレドの人々を助けたいと願い続けた彼女は、ある日真理にたどり着いたの。
それが、最期の魔法?
そうよ。ユフィラの深い悲しみは、彼女の体を青のアステールに変化させた。そして彼女は、最期の魔法を解き放ち、枯れたエルナモ湖を豊かな水で満たしてみせたの。
すごい……! 街の人は、みんな助かったんだよね?
ええ。コレドの人々は、それ以来水不足に苦しむことはなくなったわ。
けれど、ユフィラに救われたことを決して忘れないために、コレドでは『青の聖女』として彼女のことを変わらず信仰しているの。
エルナモ湖の水はユフィラの恵み。だから、乾きの時代を思い返せば、一滴たりとも無駄にはできない、って。
豊かになってからも、ちゃんとお水を大事にしてるんだね! 素敵!
後世まで忘れられず、街の人々に慕われて……きっとユフィラも幸せだと思うわ
彼女の最期の魔法が人々を救ったのは、悲しみだけではなく、そこに確かな愛情があったからだと私は感じているの。
絶対そうだよ! 私もそう思う!
でも、コレドの人たちはなんでユフィラ様を名前で呼んであげないんだろうね? 私だったら、セイジョサマじゃなくてテト様って呼ばれた方が嬉しいもん。
ふふ、実はね……コレドの人たちは、ユフィラの名前を覚えていないんじゃなくて、そもそも知らなかったのよ。
ええっ!?
彼女、ものすごく照れ屋だったみたいで、旅先では『流れのまじない師だ』としか名乗らなかったの。
感謝しようにも『流れのまじない師様』じゃ格好がつかないから、色々考えた末に『青の聖女様』と呼ばれているんでしょうね。
むむ……なんだかもったいないなぁ。ユフィラ様の名前、なんとか教えてあげられないかな?
ユフィラが恥ずかしがるだろうから、私たちマギサは名前のことをずっと内緒にしているの。イリスさんたちの代わりに、テトさんはユフィラの名前を覚えておいてあげてね。
うん! わかった!